10杯目 好敵手(ライバル)と珈琲


「お待たせー」
セラード達が届けてくれた制服に着替えなおし、保健室の鍵を返しに職員室へと立ち寄っていた武は担任の教師に鍵を返し、軽く挨拶を済ませてとリントン達と再び合流した。
「カフアちゃん、今日はもう帰る~?」
昼間よりはまばらになったものの、部活動で教室に残っている生徒達の姿をよそ目に4人は並んで廊下を歩く。
「そ、そうだね。今日は色々あったし…」
武はあいまいに答えながら体が入れ替わったままのカフアをちらりと見やる。
結局一日様子を見てみたものの、二人の入れ代わりの原因や、元に戻るための手段に繋がりそうな手がかりは何もつかめていないままだった。
かといって簡単に周りに打ち明けられるような問題でもないし、元に戻れるまでは互いを演じるしかないのだとすればその辺りの話も二人でする必用があるだろう。
武の視線を受け止めながら小さく頷くカフアも同じ考えのようだ。
「外傷はなかったとはいえ頭打ってるし、カフアを一人で帰すのも心配だからオレも今日の所はカフアを送って先に帰るよ。せっかく誘ってくれたスワーナには悪いけど…」
申し訳なさそうにそう答えたカフアを武が指で小突く。
「スーリーって?何か約束でもしてたのか?」
その言葉にカフアは頷き返した。
「武が起きる少し前にね、スーリーも保健室に様子見に来てくれたの。カフア…つまり武が起きてたら軽音部の見学に来ないかって誘うつもりだったみたい。けど私達にはまだ解決しなきゃいけない問題があるし…」
申し訳なさそうにカフアがそう答えていると…
「そういう事でしたの!」
武とカフアの間を高い声がストレートに通り抜ける。
驚いた二人が降り向くとそこには不敵な笑みを浮かべるシャーロットの姿があった。
もしかして今の話をシャーロットに聞かれていた?だとしたらかなり不味い。
中身である武の気持ちを表すようにカフアの顔が青ざめる。
一方武の外見をしたカフアの方はと言うと焦りよりもややこしい事になりそうだと言わんばかりの渋い顔だ。
しかしそんな二人の表情には全く気付かぬ様子でシャーロットは話を続ける。
「先ほどから二人で何をこそこそと話しているのかと思えば、スワーナさんのバンドのお話でしたのね。それでしたらカフアの怪我も心配する程の事ではなかったわけですし、今から見に行けば良いのではありませんこと?特別に私もお供をして差し上げますわ」
思わぬ展開ではあるがどうやら会話の前半は聞かれていなかったようだ。
「それいいね~。シャロンはスーリーと仲良くなりがってたしね~!」
少し前を歩いていたセラードがさらに会話に加わる。
「そ、そんなことはなくてよ!ですから私はあくまで付き添って差し上げますわと申しておりますの」
「ま~細かい事はいいじゃんいいじゃん♪」
内心、心臓が飛び出そうなほどハラハラしていた武をよそにシャーロットとセラードの間では話がまとまりつつある。
「せっかくだから少しだけ見に行って見ようよ。スーリーも喜ぶよきっと。ね、カフアちゃん!」
セラードにまでそう誘われてしまっては余計に断りずらくもなるもので…。
「そ、そうかな。じゃあ…ちょっとだけ」
セラードの言葉に押されるように頷いた外見はカフアの武に、武の格好をしたカフアも小さく肩をすくめて返した。
「あっでもリントンは?今日は確かバイオリンのお稽古の日…だってカフアから聞いてるけど大丈夫?」
今は外見が武である事を台詞の後半に思い出したようで慌てて付け加えつつカフアはセラードの少し後ろを控えめに歩いていたリントンを振り返った。
「う、うん。そうなんだけど…」
時計をちらりと気にしながらも何だか名残惜しそうにしているリントンにカフアが続けて声をかける。
「リントン、よかったらさ、カフアの事いい訳に使えないかな?」
そう告げるのはもちろん今は外見が武のカフアなのだがリントンは驚いたように目を瞬かせた。
「で、でもっ…」
リントンに戸惑うような視線を向けられて、武は話を合わせるようにこくこくと頷く。
「力になれるならそうして。ほら、『カフアが体育の授業で怪我をして、心配だから送り届けてから帰ります』って言えばお家の人も分かってくれるかもしれないし」
「それナイスアイデア♪全部がウソじゃないしね~」
セラードも嬉しそうにリントンの背中を押す
「う、うん。それじゃあ…私ちょっと連絡取ってみる」
リントンは決意したようにこぶしを握ってみせると家に電話を入れてくると言い残してその場を離れた。
「リントンの家って厳しいんだなー」
「あら何を今さらおっしゃってますの?」
ふと油断した隙にカフアの姿である事をうっかり忘れて自分の口調でそう零した武の独り言にシャーロットが答える。
「リントンは有馬財閥のご令嬢ですもの。私に負けず劣らず小さい頃から色々なお稽古にも色々通わされていて大変そうだって、そう教えて下さったのはカフアでしょう?それよりもあなた、先ほどの言葉遣いといい、今の態度といい何だかカフアらしくありませんわね。やっぱり打ち所が悪かったのかしら?」
そう言って首をかしげるセラードに武の心拍数が加速する。
「そ、そうかなー。でも大丈夫、ホント大した事はないし!…はははーっ…」
明らかに何かを疑うように鋭い目つきでじーっと見つめてくるシャーロットに武はそう返しながら慌ててごまかす。
やはりシャーロットは何かと手ごわそうな相手だ。
うっかりボロを出さないようにしないと入れ替わりの事もばれかねない。
が、そんな武の心配を知らないシャーロットは不敵な笑みを浮かべて武にまた1歩近づくと声のトーンを落として囁いた。
「それよりカフア、残念でしたわね」
「残念って…何が?」
シャーロットの不敵な笑みは気になったものの、『カフア』と呼ばれた言葉にどうやらこれ以上詮索はされないらしいとほっと安堵して武も話題を変えられるチャンスに乗っかる。
「もう!リントンの話ですわ。確かに人数は多い方が楽しいけれど、あなたは武と二人で帰るチャンスを逃してしまわれたのではなくて?」
「あ、ああその話ね。いや、でもそれは別に…」
確かに入れ替わりについて話す時間は取れなかったが、だからといってシャーロットにわざわざ心配されるほど残念に感じているわけではない。
けれどシャーロットは武の反応に面白くなさそうに眉を顰める。
「だってあなた、武と先ほどから偉く親密そうではありませんこと?それなのに武はリントンに何かと優しいし…これって三角関係ってやつでしょう?大変ねぇカフアさん」
大きくため息をつきながらもシャーロットはどこか皮肉を込めたような言い回しで告げる。
心から心配しているのではなく、心から楽しんでいるとしか見えないシャーロットの態度に武ははぁっと大きくため息をついた。
「だからオ…私達はそんなんじゃ…」
そうは切り出したものの何かいい訳をした所で面白がられるだけだろう。
どうしたものかと困る武に後ろから低い声が掛かった。
「シャロンはカフアに何かと突っかかっていく事が多いって聞いてたけど、今日はずいぶんと親しげなんだな」
声の主は中身がカフアの武だ。
そんな―シャーロットには武に見えている―カフアにシャーロットは今までの不敵な笑みを崩して目を丸くする。
「そ、そんなんじゃありませんわ!ただちょっとカフアをからかってみただけですのよ。でも期待したほどの反応は見れなくてやっぱりつまらない子ですわね」
ふいっと整った顔をそむけるとシャーロットは会話から外れる。
「シャロンに何か言われたの?」
ちょうど戻ってきたリントンの元に歩み寄っていくシャーロットの後姿を見送ってカフアが武に問う。
「うーん…」
『これって三角関係ってやつでしょう?』
シャーロットの言葉がふと武の脳裏を過ぎるけれど――。
「いや、特には何も。シャロンもカフアの事心配してたみたいだった」
素直に伝えた所でカフアだってそれは否定するだろうし、気まずくなるのは自分達だ。
だから武はあえてそれだけを伝える。
「えっあのシャロンが?むしろいじめられてるようにしか見えなかったけど?」
カフアはそう言うと眉をしかめる。いつも対立しているだけにシャーロットが自分の事を心配していたと言う言葉が信じられないと言った顔だ。
「まーちょっと天邪鬼な所はあるけどシャロンはカフアの事ホント良く見てると思うぞ?」
これはウソではないし、事実武が受けたシャーロットの印象だ。
「ふーん、けどそれなら余計に、私達が入れ変わっちゃってること知られないようにしなくちゃ。あの子に知られたら一番ややこしそうだからなぁ…」
ため息混じりにカフアが言う。
「まぁそれはオレも思うかな」
カフアの言葉に武は苦笑いを返す。
「あっ武君、あそこが音楽室だよ」
先を歩いていたセラードの言葉に武とカフアは話を切り上げる。
スワーナが練習しているのだろうか、目の前に見えてきた『音楽室』のプレートが掲げられた教室の中からは意外に本格的なバンド演奏の音が零れてきていた――。


ToBeContinued...
 

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