第二章      20201025加筆修正
十六杯目 始動!と珈琲
「ただいま戻りました~♪」
セラードの陽気な声が教室よりも少しだけ小さな部屋に響き渡る。
もとは各学科の教師に宛がわれる教科の準備室だったうち、空きの1つを倶楽部の新設の為に学校の許可を得て『珈琲苦楽部』の部室兼活動部屋にしてもらったのだ。
教師が授業の準備をしたり採点をしたり、休憩を取ったりする為の部屋、という事もあって簡易ながら給湯設備も整っており、『珈琲苦楽部』にはもってこいの物件だった。
そしてその『珈琲苦楽部』の顧問は武とカフアの担任教師。
とはいえ、それも形だけで珈琲を入れるのに使うサイフォンの火の取り扱いさえ気をつければあとは好きにしていいとの許可まで出してもらっている。
“緩い”という言葉で片付ければそれまでだが、自由が利くと言い換えればこんなにありがたいことはない。
元々この顧問教師が生徒の部活動にマメに顔を出すほど熱血教師ではないことと、またカフアと武がWクラス委員である事で得られている信頼というのがこの待遇に大きく影響しているのだろう。
「あっお帰りセラード、許可証どうだった?」
倶楽部の活動備品として用意してもらった長机をクロスで拭き上げながらカフアが尋ねる。
「うん、バッチリ承認してもらったよー。ついでに生徒会室にも顔を出して、『珈琲苦楽部』の予算についてもしっかり交渉してきました!」
「さすが、抜け目がありませんわね」
てきぱきと部室作りを進めるカフアとは裏腹に教室の隅、どこから持ち出してきたのかロココ調のテーブルと椅子に越しかけ、同じくどこから持ってきたのか上品なティーセット一式で優雅にお茶を楽しんでいたシャーロットが満足げに頷く。
ただ、テーブルの上に置かれた―どう見ても雰囲気のそぐわぬ―ケトルだけが“変に目立っているぞ”と突っ込みたいのを―しかしきっとそれを口にしたらまた余計な反感を買う事は目に見えているので―セラードの後ろに続いて部室へと戻ってきた武はぐっと飲み込んだ。
「ところでシャロン、お茶を飲む前に部室を使える状態にするのが先でしょう?まだ運び込まなきゃいけない備品もあるのよ?あなたの使っているその食器を収納する棚とかね」
「あーら、そんなもの執事にやらせれば良いではありませんこと?」
“その執事はどこにいるんだよ!?”とまたもやツッコミたくなるのをぐっと堪えて武はセラードに聞こえないよう小さくため息を零した。
「そうだ武、家庭科担当の先生に頼んで、調理室で使ってない小さな食器棚を譲り受けることになってるの。帰って来て早々申し分けないのだけれど、今から取りに行ってくれない?」
武のため息に“同調するように視線を送りつつカフアはそう切り出す。
「それは構わないけど…」
しかしいくら小さいとはいえ食器棚だ。
ここから家庭科室までは距離もあるし階段もある。せめてもう一人くらい男手があった方が…と見渡した先でバチッと視線が合ったのは双子のエスメラルダ姉弟の弟の方、レオナルドだった。
正直な所、圧倒的に女性人口の高いこの部で当てにできる人物は彼しかいない。
「えと、レオだっけ?悪いけど一緒に手伝ってもらえないかな?」
「は?僕が?」
男にしては少しキーが高いレオの声。その声であからさまに不機嫌さを含みながら答えてレオナルドは顔をしかめる。
「まぁまぁ、確かに武君一人じゃ大変そうだし。なんなら私が手伝ってあげましょうか?」
そう申し出たのは双子の姉、エミィだ。
気持ちはありがたいが、さすがに女子に体力仕事を頼むのは…
そう思いかけた武が止めるより先に再びレオの声が響く。
「姉さんは休んでてください。どうせそんなに大きな棚じゃないし、僕が行きます」
あんなに渋っていたのに、そんな様子など微塵も見せずレオは既に部室の外に出ていた。
「ほら武、行くんだろう?」
「えっ、あ、ああ」
武がちらりと視線を送った先ではエミィが少しだけ複雑そうな表情を浮かべてウインクを飛ばしてくる。
“助かった、って思っていいのかな”
その表情につられるように少しだけ複雑な思いを抱きつつ、武もレオに従った。

***

「遅くなってごめん!」
武とレオが出て行った部室に入れ替わるように一人の人物が駆け込んでくる。
息を切らせながら入ってきたのはスワーナだった。
「あっスーリーいらっしゃい。事情はセラードから聞いてるから大丈夫よ。ギターの弦が切れたんですって?換えの弦は無事買えた?」
「うん、この通り」
カフアの声にスワーナは手に持ったカバンの中から楽器屋の紙袋を取り出して見せる。
「まぁそれはよかったですわ。今日の練習に必要ですものね。ささ、急いで来られて喉が渇いていらっしゃるでしょう?こちらに紅茶を用意しておりますからスーリーもお掛けになって」
スワーナを気遣うようにシャーロットが席を勧める。さすがにこれにはカフアも言い返せず小さくため息を零すと、しかし一言忘れずに付け加える。
「シャロン、スーリーが落ち着いたら少しこっちも手伝ってね。この倶楽部はあなたの家の権力じゃなくて私たち『珈琲苦楽部』のメンバーで作り上げて行くものなんだから」
「ごめんね、私もすぐ手伝いに入るから」
渋い顔をするシャーロットの横でカフアに威勢よく返事をしたのはスワーナだった。
それにはカフアも思わず慌てたがそれ以上に焦ったのはシャーロットの方で。
「わ、分かってますわ!私だってスワーナさんと同じ『珈琲苦楽部』のメンバーですもの。ちょっと授業終わりの一服を嗜んでいただけで、これを飲み終えたら部室作りに戻るつもりでしたもの」
「ふふっじゃあそれまでは私がカフアちゃんのフォローに入ろっかな」
制服の上にメイド風エプロンを掛けながらセラードがカフアの隣に並んだ。
「ありがとう、セラード」
そう答えるカフアの隣、セラードとは反対側にもまたふわりと人影が立った。
「私の事も忘れてもらっては困るわね。この倶楽部は“『珈琲苦楽部』のメンバーで作り上げて行くもの”なのでしょう?私も一応そのメンバーなのだから。このテーブルにはそちらの椅子を並べればいいのよね?レオ達が持ってくる棚を入れるのに邪魔にならないよう、ここは少し空けておいた方がいいかしら?」
「あ、ありがとう」
カフアより頭1つ分程高い位置で“どういたしまして”と整った微笑を浮かべるその人物、エミィの言葉に思わず戸惑いながらもカフアは心の中がほっと暖かくなるのを感じていた。
“皆で作り上げていく倶楽部…きっと色んな事があるだろうけれど、卒業する時『最高の思い出』に残るような場所に、珈琲(こ)苦楽部(こ)がなるといいな”
そんな思いを胸の中でそっと呟いてカフアは止めていた手を再び動かし始めた。


ToBeContinued...