私立 菊陽高校珈琲苦楽部
 五杯目 二人の幼馴染と珈琲


「カフアちゃん…その呼び方は…」
悲しげな少女のまなざしが今はカフアの容姿をした武へと向けられる。
その姿にはっと我に返った武は少女の手を掴むとそのままトイレの外へと駆け出した。
「もーっ!!武、いつまでトイレに…ってあれ?リントン?」
女子トイレの目の前には武の容姿で仁王立ちするカフアの姿があった。
いつまでもトイレから出てこない武を叱咤する気で待ち構えていたらしいがその隣に別の人物の姿があったので慌てて怒りをひっこめたらしい。
一方のリントンと呼ばれた少女も突然目の前に現れた男子生徒に一瞬おびえたような様子は見せたものの、それが武だと知るとぽっと頬を赤く染めて微笑んだ。
「た、武君…。」
その言葉に自分が武の格好をしていた事をようやく思い出したカフアもはっとした様子で頭に手を回しごまかすような態度を取る。
「やあ、久しぶりだなリントン。幼稚園以来…だっけ?リントン、小学校は私立に進んだし、オレも父の仕事の関係で、小2から海外に行ってたから会う機会なかったもんな」
そんな二人のやりとりにようやく記憶がはっきりと蘇った武がぽんと手を叩いて二人の会話に割り入った。
「そうだ、リントン!有馬・リントン クリスティー」
「そ、そうだけど…カフアちゃん大丈夫?さっきから何だか様子が…」
不安そうにカフア姿の武を覗き込むリントンに返事を返したのは武の姿をしたカフアだった。
「あー心配掛けてごめん。今日のカフア、ちょっと体調が万全じゃないみたいで。じゃ、じゃあ、次の授業始まるからオレたちはこれで…」
リントンから見れば武の大きな右手で羽交い絞めにされるように口元を塞がれたカフアが何か言いたげにもがいているようだったが、もちろんそれはそのまま逆で武の格好をしたカフアにカフアの格好をした武がこれ以上リントンに変な疑いを掛けられぬよう応急処置にした行為で。けれどそれを知るのは当の本人達だけだ。
「カフアちゃん…本当に大丈夫かしら?でも、武君私の事ちゃんと覚えててくれたんだ」
二人のどこかぎこちない姿を見送りつつ、ぎゅっと胸の前で両手を握り締めるリントンの顔には幸せそうな笑顔が浮かんでいた。

***

「ったくもう、いつまでも出て来ないから心配したじゃない。まさかトイレで人の体あちこち見回してにやけてたわけじゃないでしょうね?」


じとーっとカフアが武に不審そうな視線を送ってくるが正確には外見が武の格好をしたカフアだ。
自分自身から不審なまなざしを向けられているようなその視線に武は余計に不快感を覚える。
けれど、初めて見る女子の体に少々ドキドキはしたものの、それは健全な男子なら当たり前であろう反応で。しかも疑われるようなやましい行為をした覚えは正直ないのでそこははっきりと自信を持って答える。
「用を足しただけだろ」
“だいたいこの体でトイレに入る事自体慣れないんだからそれ位察してくれても…”と本当は続けたい所だったがこれ以上この話を続けた所で男の自分が不利である事は明らかなので、武はぐっとこらえて言葉を飲み込んだ。
代わりに気になっていた事を聞いてみる。
「それよりカフア、さっきトイレで会ったあの子って、リントンだよな?」
武の声にカフアが頷く。
「そうよ。武もリントンの顔見て思い出したって感じだったけど、幼い頃よく3人で遊んだの全然覚えてない?木登りしたり、鬼ごっこしたりした事もあったけど…私達、まだ小さかったからね。最後に3人で遊んだのは…幼稚園の年中さんか、年長さん?…確かそれ位だったかなー」
カフアが懐かしそうに目を細める。最も、今そんな微笑ましい表情を浮かべているのは中身がカフアのままの武なのだが。
「うーん、言わてみれれば何となく思い出せそうって言うか…ああそうだ、それでそのリントンなんだけど、さっきちょっと様子が変だったんだよな」
聞きたかった事を聞き出す前にまた話題が変わりそうになったのを慌てて再び引き戻した武にカフアの表情がまた険しくなる。
「それは武の様子が変だったからじゃないの?女子トイレで自分…っていうか私の体触りまわしてたとか、鏡の前で必要以上に私の顔を見つめてたとか。もう、入れ替わっている以上変に思われちゃうのは私なんだからねー。少しはおしとやかに私らしく振舞ってほしいなぁ」
“そんなやましい事はしてないし、第一日頃からどちらかというとおしとやかというより活発的なイメージが強そうなカフアに言われたくないぞ”と思いながらも武はまたもその言葉をグッと飲み込んで答えた。
「いや、オレは別に。手を洗ってたら向こうから話し掛けられただけだし…それでその時名前が思い出せなくて、とっさに思い浮かんだ“有馬財閥のご令嬢”って口にしたら、リントン何か顔色曇らせちゃって…」
「えっそれ言っちゃったの!?」
思わずカフアは声を大きくしてしまったが周りにはまだ休み時間を満喫する生徒達の姿がある。
中身はカフアでも外見は武である以上まるで武がお姉言葉を使ったように見えてしまっただろう。
ぎょっと驚いたように武とカフアに向けられた視線を笑顔と小さな会釈でごまかしながら武姿のカフアは咳払いをすると、声を潜めて続けた。
「それ、リントンが一番気にしてることじゃない!」
そう言われても今一ピンと来ない武はカフアの顔ながらその眉をしかめる。
「ご令嬢のどこがいけないんだよ?別にバカにしてるわけでもないし、本当の事だろ?」
「それはそうかもしれないけど…あの子、普段からおとなしいし表には全然出さないけどお家がとっても厳しい家庭みたい。だから今回は悪気がなかったとしても、今後はあんまりその話題には触れないであげてね」
「ふーん、色々とあるんだな」
武はとっさに出てしまった言葉だったとはいえ、顔色を曇らせたリントンの事を思い出していた。
確かに自分がどうこう口を挟む事ではないのだが、父の仕事の話で何度か聞いた事のある有馬財閥の名は確かにその業界ではかなり有名だということ位は武にも察しがついた。
家が大きくなれば、それだけしがらみも大きくなるのだろう。
それにカフアの言う事なら間違いはない。
さっきカフアが言っていたように、リントン小学校から私立の学校に進学したし、武は小学2年から海外に行っていたのでリントンの事はその昔遊んだ記憶が言われて初めてかすかに思い出された程度だったが、カフアはリントンと小学校が別れた後も文通やメールで連絡を取り合っていたらしい。
互いに同じ菊陽高校への進学が決まってからは実際に会ってお茶をしたり女子同士の繋がりらしい事もしていたようだ。
いわば幼馴染で親友といった所だろうか。
家が厳格な家庭な分、そこに束縛されているリントンにとってもカフアの存在は同い年の少女達の話題や外の情報を知る大切なきっかけのようなものだったのだろう。
もちろんこれらは後に武がカフアから聞くことになった情報なのだが。
「それより武、そろそろ教室戻らないと、次の授業始まっちゃう」
「ああそうだったな」
カフアの言葉に武の思考も現実へと引き戻される。
ここでも一波乱終えた二人はどうにか教室に向かって歩き出した。


ToBeContinued…

original author 竹之下ユリス

Novelist is nakota's

illustration by 竹之下ユリス